人の好き嫌い
私が去年まで勤めていた会社にいた時の話です。
同僚に二人の女性がいました。
一人をAさん、もう一人をBさんとします。
二人はお互いをこころよく思っていませんでした。
AさんはBさんのことを声がキンキンとうるさくて耳障りだし、やること全てが出しゃばりすぎだといいます。
BさんはAさんに限らずなんですが、周囲にいる人のことをあまりよくは思っていませんでした。中でもAさんが物事を取り仕切るタイプなので面白くないようです。
私から見れば、二人とも仕事には真面目に取り組んでいるので、さほど気にはなっていませんでした。むしろ愛すべき存在だと思っていました。
しかし双方ともに表立っては感情を出さずにいますが、陰では
「Bさんってなんであんなに、やることなすこと度が過ぎるん?いいとこばっかり見せようとしとるやん。それにあの声なんとかならん?」
「Aさんってなんで勝手にあんなことするんかな、ダメやと思わん?」
とそれぞれに不満をもらして行きます。
私はそうも思っていなかったので「そう?」と答えます。すると同調しないものですから、二人とも私に歯がゆくなり、腹をたてます。そしてまた誰かに不満をもらします。
常に不満の悪循環をさせています。
これはストレスを抱えて日常を過ごしているからだと思いますが、自分のことは横に置き、なぜ人は人を悪く見てしまうのか。それは
自我というめがねで見ているからだと思います。
自我というめがねで見るということは、素直な心で見ることができないと言うことですね(自我は誰の心にもあります)
自我を取り除くと、そこには物事を純粋に見る、目や心が残りますから、ありのままを受け入れることができます。良いも悪いもなくそのままをただ感じるだけです。
そうすると人の好き嫌いが生じずに、人間関係が上手く築けていかれるのではないかと思います。
自我を取り除くって難しいように思えますが、コツとしては
自分が、とか自分は、とか自分にというような「自我=エゴ」をどこかに預けてしまう気持ちで、日常に臨む姿勢といえば分かりやすいでしょうか。我慢をするのではないのです。
自我が取り除かれれば、人間関係で悩んでいる人は、人付き合いも楽になり人生は劇的に変わります。
言い忘れましたが、最大のポイントは
「愛」
です。「愛」をいつも心にしのばせておくことが大切かと思います。
きょうも読んでいただきありがとうございました。
エネルギー体の龍
きょうは少し不思議な話をします。
かなり前の過去に、小さな医院の受付業務をしていた頃の話です。
それは2月の寒い朝のことでした。待合室には誰もおらず、受付には私一人でした。
ドアも閉まった状態で、ピーンと空気が張っているような感じでした。暖房も効いていないような底冷えがする感覚で椅子に座っていたのを覚えています。
何か濡れているような音を感じるのです
言葉であらわすのが難しいのですが、大きなゼリー状のものが水の中でうごめくような感じでしょうか。しばらくするとその音は大きな長い物体(見えない)となり、私の右肩から螺旋を描いて上に昇って行ったのです。
「???」
私はなんだったんだろう、とは思いましたが気にも留めずにやり過ごしました。
ほどなく、また同じようにあの大きなゼリー状の存在を感じたのです。そしてまた右肩から螺旋を描いて、上昇していくのです。その時に私は思いました
「あ~、龍さんだ~」
と。その後は何事もなかったかのようにまた仕事につきました。
なぜ私が龍だと思ったのか、というのには思い当たるふしがありました。
その出来事の前日の事です。
あるお勉強会(になるかと思いますが)に私を含めて3,4人集まった時に、先生となる人が一人ひとりに白龍と黒龍を降ろしたそうです。その時の参加者は全員
「へぇ~」
というように誰も龍が降りてきたのを感じてはいませんでした。ただひたすら、すご~いと思うばかりでした。
龍さんたちにはすぐ上に帰っていただいたそうです。
その時の龍が私の所にやって来たのでしょうか。その先生にその出来事をを話すと
「あ、それは白龍だね」
と言います、色までわかるのですね。
その時の龍が何の用(?)で私の所に来てくれたのかはわかりませんが、なんとなく「愛」らしきものを感じていました。
目にはみえない、エネルギー体の龍の存在を感じた初めての出来事でした。他の参加者には龍の訪問はなかったようです、というよりも来ていても感じなかったのかも知れません。
龍という存在の起源はわかりませんが、地球をサポートするために別の星からやって来たのだと私は思います。ロマンがありますよね。
皆さんも気づかないうちに、龍や見えない何かにサポートされているのだということを、いつも意識していてください。何かサインがあるかもしれません。
私たち地球人は、発達した物質文明を高度な文明だと思っています。
しかし私は、肉体をもたない高波動のエネルギー体の方たちの築く、物質を必要としない文明のほうが高度な文明なのではないかとも思います。そこには愛が偏在しています、すてきですね。
こんなことから私は朝晩、見えない何かや、存在するすべての方たちに感謝をするようになりました🙏😋
魂を汚す思考
皆さんは自分に自信を持っていますか?
自分に自信を持つって大切なことですよね。自分自身を肯定して、最大限に自分を愛してくださいね。
でも、中には自分に自信がもてない方もおられるのではないでしょうか。
以前の私も自身のない人間でした。
その理由は私が周囲に否定されていると感じていたからでした。子供の頃からあまり褒められたことがなかった私は、否定的な言葉を言われるたびに傷つき、落ち込んでいました(根は明るいタイプなのですが)
その例として、兄弟姉妹関係で言えば、私には姉がいますが、私が生まれた時からライバルの位置にいたのではないかと思います。仲が悪いとかそういうことではないのですが、私が産まれたことによって母を姉から奪った形になるわけですから、姉としては寂しかったのではないかと思います。これはどこの家でもあるあるなのではないでしょうか。
そんな中で、私より年も上だし、身体の大きさも違うし、もの知りでありシニカルな姉にとっては私はからかいの対象になっていったのではないかと思います。
これが私の自信を持てなくなる最初の頃だったのではないかと思います。
姉には軽い気持ちで言ったことでも、私は真に受けるタイプでしたから自信をなくすのに時間はかかりませんでした。
それからというもの、負の連鎖とでも言いますか、外でも何かネガティブなことを言われると、やっぱり落ち込んでいきました。
今から思えば、私ってなんておバカだったんだろうと言えます。
落ち込む必要がないのに、落ち込む世界を自分で作っていたわけですから。
もっと自分を持ったしっかりした人であれば、ネガティブな言葉に惑わされることなく自信をつけていけたでしょう。
でも、これも学びや気づきのためには必要なことだったわけですね。時間(年数)がかかりましたが、今やっと気づけたのです。
スピリチュアルな観点で見れば、自分を否定したり、認められなかったりする思考は
「魂を汚す」
ことになるようです。謙虚さも大切ですが、それ以上に自分を落とし込んでしまうような思いや気持ちは、すぐにでも手放すことが大切かと思います。
自分に自信のない方は、自分の良いところをいっぱい見つけてくださいね。他の人にはない良いところが必ずあるはずですから。そしていっぱい、いっぱい自分を褒めて愛してくださいね。
同調する波動
夏のこの時期になるとある事を思い出します。
それは10数年前のできごとでした。
ある喫茶店で劇を演るから見に行こう、ということで知人5,6人で見に行ったときのことです。その喫茶店はギャラリーのような場所でもあり、多目的な使用ができる場所でした。
夕方からの開始でした。
その劇というのは、劇団員7,8人が全員白い服を身にまとい、顔や体を白く塗って無言で何かを演じるというものでした。いわゆるアングラ的な、前衛的なものだと思います。
私はそれを見ていてなんとなく違和感を覚えました。何というか、何を伝えたいのかがわからず、むしろ不気味な感じがしました(劇団員の方たちごめんなさい)
こういった劇にはあまりなじみのない私です。すばらしい、と興味を持った方もおられたと思うのですが。
にもかかわらず、私は2カ月後に知人と二人でまた観劇に行ったのです。その劇の意義を見出したかったのです。
結果はやはり同じで、心がどんよりする一方でした。その時に感じたのが
「‥虚しい」
でした。
その瞬間です、私の体に異変が起きました。
身体がズゥ~ンと椅子の中に沈んで行きました。体に力が入らないのです。
手が汗でびっしょりになり、身体を起こすことができません。
どうしよう、と思っているうちに「ここにいてはダメだ」と直感し、知人に帰ることを告げ、フラフラとその場を去りました。
家に着くなり、トイレに駆け込みました。言いにくいのですが下痢でした、それも思いっきりです。済んだ後は浄化されたような感じで、不思議に体調は元に戻りました。
後日そのことをある方に話したところ
「あそこの上(2階)に変なのがいるからなぁ」
とのことでした。もちろん私は「⁉」です。
どいうことかと言うと、その喫茶店の2階はギャラリーなのですが、そこに未成仏の方が棲んで?おられるそうで、波動が低いということです。
そこへ私が一瞬ですが「虚しい」という低波動の思いを出したので、波長が同調してしまい私に入ってきてしまった、と言うことのようです。
私はなにか些細なことでも寄って来やすい(見えない何か、良いものも悪いものも)体質のようです。
私はその時から、思いや意識の在り方を気を付けなければいけないと思い、ネガティブな思考をできるだけ抱かないようにしてきました。
これは誰にでも言えることだと思います。
ネガティブな思考には同調するものがやって来やすいということですね。そうなると、無意識のうちに自分の思考がネガティブなものに支配されかねないわけです。
ポジティブ思考もまた然りですが、これはもちろん歓迎すべき思考です。
もしも自分の気持ちや体調が変だな、おかしいなと感じたら
「負けない!えいっ‼」
と丹田に力を込めて、邪気を追い出す気持ちで対処されれば良いかと思います。
きょうも読んでいただきありがとうございました。
諸行無常?
今年はセミの鳴き声をよく耳にしています。
朝から夜通し鳴いています。クレームを言いたいぐらいですが、最近夜の鳴き声があまり聞こえません。
息も絶え絶えのセミをよく見かけますが、コンクリートの上に仰向けになっているのを哀れに思い、木の上に戻そうとすると渾身の力を振り絞って逃げていきます。
「逃げなくったっていいじゃない~、もうこちらの心知らずなんだから~」
とブツブツ心の中で言います。
セミは地上に出てきてから、1週間から一カ月ほど生きるそうです。その間に思いっきり鳴いてメスを呼び寄せ、子孫を残し短い天寿をまっとうさせるわけですね。
木の幹に産みつけられた卵は、翌年の梅雨時に孵化し、その後3年から長くて17年ほど地下生活を送るそうです。長すぎますね。
満を持しての地上デビューとなるわけですが、セミとして輝けるのはわずか一週間ほどなので、なんと儚い命でしょうか。
そんなことを思うと、昼夜鳴くことぐらいいいじゃない、と自分に言い聞かせている私です、がいったい何匹いるの?いつまで続くの?うぇ~ん、勘弁してよ~😭
いや無理です、ならば
うん、これならいけそうです。
嫌なことや悪いことは、いつまでも続かない。その代わり、良いこともいつまでも続かない。この世は同じ状況がずっとここにとどまるものではない、巡り巡り、流れ流れて行くことを心に浸透させて、心静かに今を生きましょう。なんてね~😅
でもホントです(きっぱり!)
今日は、セミの鳴き声から思わず諸行無常にまで話が発展してしまいました。
生きづらい世の中を、少しでも楽に生きて行けることのヒントにでもなれば幸いです。
今日も読んでいただきありがとうございました。
断捨離
それは4,5日前の事でした。
夕方に出かけようと、パタパタしていた時の事です。ピンポーンとチャイムが鳴り、モニターを見ると何かの業者のような人が映っています。「○○でーす」と言うのですが、その○○がはっきり聞こえません。いぶかしげに思いながら小さくドアを開けると
「あ、すいません。○○会社の者ですが、不用品など整理したいものはありませんか?お引越し、老前整理、生前整理、遺品整理なども承っています。きょう、100件回ってこいと言われ、95件果たしたんですが、おねえさん何かないですかね~」
老前‥生前‥遺品‥おねえさん‥💧
なにかしら矛盾を感じる言葉ですが困っているんだろうなぁと思い、そういえば以前から処分に困っていたものがあったことをを思い出し、箪笥の中から取り出してきました。
その業者は鑑定用のレンズ?みたいなもので手早く見ていきます。あまり期待はせずにいると
「全部で1万八千円です」と言います。
私はそれらが安いのか高いのかはわかりませんが、もしかして別のところに持っていけば、もっと高く売れたかもしれません。時価相場の変動はあまりないものです、がもうそれで処分できればいいや、と思いOKしました。
思わぬ臨時収入です。あくせく働かずに入ったお金です。私はここであることを思っていました。
最近、私は細かいものを少しずつ処分し始めていたのです。断捨離といえば断捨離なのですが、昔は年に一度くらいトラックいっぱいになるぐらいの大きいものを処分していました。
今はこんなものはいったいいつ使うんだ?というようなものを処分しています。
ものを処分すると、空いたスペースに次の新しいものが入って来る、ものがありすぎると新しいものが入ってこれない、とか言いますよね。運気も左右するのではないかと思います。気持ちもスッキリしますよね。
なので今回の臨時収入は、このプチ断捨離のお陰ではないかと思っている私でした~😋
心の声を聞く
こんにちは!お久しぶりです。
早くも一か月が過ぎてしまいました。皆さんお元気でお過ごしでしょうか?
お休みしている間も、時々訪れてくださる方もたくさんいて、本当にありがたいと思っていました。皆さんに忘れられないように、時々にはなると思いますが更新をさせていただこうと思っています。
私は日々、自分の心と向き合っています。このブログに訪れてくださる方もそのような方が多いのではないでしょうか。
悩んだり、迷ったり、喜んだり、悲しんだり、毎日がこの連続ですよね。でもこれがあるから生きているんだと思います。これらを経験するために生まれてきたんだから、悩んで、迷って、喜んで、悲しんでの人生を終えたら、神様から「よく生き切りましたね、はい表彰状です」ってことになるのではないかと思っています‥😋
もしも悩んだり、迷ったりした時は、自分の心(良心)と会話をします。そうすると心(良心)は最善である答えを導きだしてくれます。
その答えは自分にとってはハードルが高いことが多いものです。
いやだ、できない、やりたくない、と言うことがほとんどです。良心の言うことを無視していれば、結果は自ずと見えてきます。
良心の言うことに従えば、悪い方向には向いていかないと思います。
でもそこは人の性(さが)です。つい、楽な道を選んでアクションを起こさないほうが多いと思います。選択をするのは自分なので自由がありますが、良心の声を無視するとその分自分の魂の成長が遅れます。だから人は
生まれ変わりを繰り返す
のだと思います。過去世の記憶を消されて、生まれ変わりを繰り返し繰り返し、魂の成長をしてその最後には
輪廻転生の枠から外れる
と言うことだと思います。
今日はこの辺で終わらせていただきますね。読んでいただきありがとうございました。