望まぬ貧しさ
今日は、心に浮かんだ「清貧」について述べたいと思います。
難しいテーマだと思い悩みます。
私が「清貧」で思い出すのは、あの戦場カメラマンの渡辺陽一さんです。
渡辺さんは過去に
「塩をなめて、もやしを食らう。貧しくても清くありたい」
ということを言っておられました。その言葉と、渡辺さんの生きる姿勢に私はいたく感動したものです。
何かの調べで読んだのですが、日本国民の約6割が生活が苦しいと言っているそうです。貧富の格差が著しい今日この頃です。
「清貧に甘んじる」と言う言葉がありますが、今日だと「清貧にあたわる」と言う言葉に置き換えて考えてはどうだろう、と私は思います。
ただ貧しいのではなく、貧しい中でもいかに清らかに生きるか、を旨とする。モノやおカネに振り回され、明け暮れる日常を一度見直し、心をリセットする。
どうにもならない「望まぬ貧しさ」を受け入れ、清らかでいる。その先に見えるものは何か。
これは、人生の修行に他ならないと思います。自分磨きの修行です。心を清らかにしていけば、自ずとその人は輝きます。そんな時には必ず助けてくれる人が現れ、道が開かれる時があります。
私の生まれた時の境遇は、やはり恵まれたものではありませんでした。それでも、何かの節目、節目に誰かからのサポートや助けがありました。そのお陰もあり、今こうやって生きることができています。
「清貧」を修行と捉えて生きることで、人生に素敵な変化が訪れる方がいれば幸いです。